吉野家の牛丼は吉野家で食えばいいんだが、BSE騒動以来、そうも行かなくなった。2006年7月現在、吉野家では牛丼は食えない。それに牛肉が輸入再開されて吉野家牛丼が復活しても、BSEが脳裏をかすめると食欲も失せるというもの。そこで、自家製で吉野家を越える牛丼を作ろうというのが今回のコンセプトだ。なあに、肉屋に行けば伊豆牛、足柄牛、愛鷹牛、オーストラリア牛と、BSEの心配のない肉がいくらでも手に入る。吉野家牛丼の再現はきわめて難しいと言われてきたのだが、今では再現をめざす諸氏の研究によってかなりの部分が解明されて来ている。実は、家庭料理を作る奥様がたというのは吉野家の牛丼を食った事がほとんどないので、一般家庭では作られて来なかった、というだけらしい。吉牛はオトコの世界なのだ。そのためネットで牛丼レシピを漁っても、牛バラ肉を醤油で煮しめたモノが多い。シラタキとか入ってるし。
再現のポイントは、肉とタレ、双方にある。まずは「脂身の多い、薄い肉」を使う。タレの主成分は「甘い白ワイン」だ。となると話は簡単で、霜降りの神戸牛シャブシャブ用を貴腐ワインで煮れば吉野家牛丼になる? まあ、なるかも知れないが、それじゃ意味がない。牛丼といえば「安くて早くて臭い」じゃなかった「安くて早くて美味い」でないと。そんなわけで、素材の買い出しから工夫が必要だ。肉については「可能なかぎり薄い肉」ということになる。肉屋で「牛バラ肉」として売っているものは厚くてダメだ。牛丼用に、脂身の多いところを薄く薄く、ごく薄く切ってもらおう。栄町の前田肉屋ではオーストラリア牛の「牛丼用」スライスというのを売っていて、市販ではコレがもっとも適していた。もちろん、伊豆牛でも頼み込んで薄く薄くスライスして貰えば構わない。あと、出汁用に脂身の少ないスネ肉か何かを適量購入。これは出汁を取るだけで出汁ガラは犬の餌になるので何でも良い。ワインは280円くらいの国産でじゅうぶんだが、出来るだけ甘口が向いている。肉以外に入れることが許されるのはタマネギだけ。まあ、伊豆グルメだから生シイタケも許そう。
なぜ肉が極薄切りと出汁用と二種類なのかというと、極薄切りだと肉の量が多く見えるということと、硬い肉でも薄ければ柔らかく食べられるということと。更に、柔らかく食うためにあっさりと火を通す。煮込まない。と、吉野家風の調理法のためだ。これではとても肉の旨味は期待できないので、スネ肉とか切り落としとか、安い肉で出汁を取って旨味成分を補給する。ここがポイントだ。出汁用の肉を細かく切って、生シイタケといっしょにお湯でグツグツと煮込む。肉は煮込めば煮込むほど硬くなる。30分も煮込んでいると肉はガチガチになり、お湯が濃厚な牛汁スープになる。肉を取り出して犬にやる。おしまい。
あれ? 終わってしまった。いけない、いけない。本題にもどろう。さて、濃厚な肉汁スープに白ワイン、砂糖、味醂、醤油、隠し味に赤ワインを合わせる。ひと煮立ちさせてアルコールを飛ばして味見。更に塩とか林檎ジュースとか固形ブイヨンとかで味を調える。ちょっと刺激っぽくツンツンしてても大丈夫だ。まだこれから具を入れて煮込むから。で、今度はタマネギ。ザクザクとおおざっぱに切り、スープで煮込む。弱火で15分くらい必要。まだ肉を入れてはいけない。ほどよくタマネギがスープ色に染みて来たら、はじめて極薄切り肉を投入。5分もあれば肉に火が通る。ピンク色が消えたらできあがりだ。ドンブリご飯に肉をきれいに並べてタマネギを適量ちりばめる。汁はツユダク。好きなだけたっぷりかける。というか、牛丼の神髄はこのツユにあって、究極のマニアは肉もタマネギもナシでツユだけかけて食べるものだ。これをツユダケといって(ry。
どのくらい吉野家に肉薄できたか、というところだが、何年ぶりかの「本物の」牛丼に涙ぐみながらハフハフと掻き込み、味なんてわからなかった、というのが感想だ。合格。ちなみにこのツユは多めに作っておくと良い。これで何度も繰り返し作って行くと、味が馴染んでどんどんおいしくなる。二度目より三度目、三度目より四度目。しまいには肉そのものが要らなくなる。吉野家ではタップリのスープで次々に肉を煮て出すので、次第に旨味がスープに凝縮されて行く。その結果として「サイタマ」という裏メニューがあって、これはどんぶりご飯にお新香と生卵をのせて、ツユをかけたもの。菜と卵でサイタマというわけだ。しっかり味が染みれば肉そのものはオマケにしか過ぎないのだった。