山葵というのは食材としては厄介なモノで、何しろ熱に弱いから加工がきかない。すりおろして風味付けに使うしかないのだ。まあ、刺身や蕎麦の脇役に徹していればそれで良いのだ、と言ってしまえば身も蓋もないんだが、せっかく観光客が来るんだから何とか山葵グッズを売りつけようと、伊豆市あたりでは「山葵せんべい」とか「山葵ソフト」とか開発している。山葵ソフトはおいらも大好きで「サビ抜きでね」とか注文して嫌がられてたりしてるんだが、熱に弱い山葵の利用法としては賢いかも知れない。
もともと山葵というのは静岡でも駿河の名産で、安倍川水系の有東木という場所で作られていた。江戸時代に入ってからは徳川家康公の命により門外不出として伝えられていたのだが、伊豆の住人、板垣勘四郎が1744年、シイタケ栽培の技術を有東木に伝えた折に、密かに山葵の苗を伊豆に持ち帰ったのが、伊豆の山葵のはじまりだと言われている。というか、TVの水戸黄門でそういうお話、やってたもん。
伊豆は幕府の天領(直轄地)だったので、別にこっそり持ち帰らなくても良いような気もするが。これが天城での栽培に成功し、今の中伊豆、冷川料金所のところから徳永を通って伊東に抜けて、そこで船に積んで江戸まで運ぶという商品栽培化が行われる。ワサビロードだね。乾しシイタケもその道を運ばれたのだろう。山葵は、競争の激しい江戸の蕎麦屋が付加価値を高める材料として使われたらしい。江戸っ子なんてのは気が短くてすぐにカッとしてすぐに醒める人種なので、揮発性で辛さの持続しない山葵は性に合ったのだろう。そういえば江戸前鮨にも山葵は付き物だ。
京都に行った時に食ったんだが、いわゆる海苔巻き。これの裏巻きってのがある。一番外側に山葵が塗ってあり、全体が宇宙人の如き緑色。すごく辛いのかと思ったら意外にそうでもなくていい感じだった。京都で江戸前鮨ってのも妙なもんだけど、京都人はブランド志向が強いし、口も奢っていてグルメだ。関西でありながら大阪とは違って蕎麦文化圏というのも興味深い。こういう裏巻きこそ、山葵の産地・伊豆の名物にしたら良いと思うのだが、ここら辺じゃ見たことない。まだまだ山葵の可能性はありそうだ。
山葵というのはきわめて値段の高い商品であるため、市場に出荷される根茎だけでなく、茎や葉、ヒゲ根も「もったいない」と加工される。そこにも辛味成分が含まれているのだ。茎がわさび漬けになったり、ヒゲ根が練りわさびに加工されたりするのは伊豆半島の住人にとってはお馴染みだろうが、茎の三杯酢というのもポピュラーだ。中伊豆あたりでは瓶詰めにされて売られている。それはそれで美味いのだが、季節は春。この季節しか食べられないのが山葵の新芽、花芽だ。これは天麩羅にしたりおひたしにしたりするのだが、とりあえずポピュラーなところで三杯酢を作ってみよう。
今回は中伊豆の「農の駅」で購入した。ひと束150円。いつもあるとは限らないが、中伊豆の山の中に入るとあちこちに山葵屋があって、裏山で収穫した山葵の出荷作業に追われていたりするので、聞いてみると良いかも知れない。くれぐれも勝手に獲らないように。中伊豆では山葵や椎茸の泥棒が多いのでジモティが見まわりしている。車のウインドウに地元農協の「くねくねわさびちゃんシール」を貼ってない車は、どこかから監視されていると思って間違いないし、そもそも中伊豆の住人はほぼ全員が顔見知りなので外から来た人は目立つのだ。
新芽は茎から葉の先まで15センチくらいで小ぶりだ。塩をふりかけて軽く揉んでおく。しばらく放置。2時間ほどほっとくと水気が抜けて萎れてくるので、水で洗って塩を落とす。食べやすいように長さ4〜5センチほどに切りそろえておく。三杯酢だが、これは酢、味醂、醤油を等量ずつ混ぜるのが基本。色をきれいに仕上げたいなら白醤油を使うと良い。というか、物事には順番があるのだ。まずは、味醂に日本酒を等量ほど投入する。
三杯酢ならぬ四杯酢にしてみよう。三杯酢ではちょっと味が強すぎるし、砂糖は使いたくない。これを火にかけて沸騰しないように気をつけながらアルコールを飛ばしてやる。鍋を傾けるとポッと火がともって可愛いね。で、白醤油と酢を投入。これにさっきの切りそろえた山葵を漬ける。冷蔵庫に放り込んであとは24時間ほど待つだけだ。味が染みて馴染むまで、それくらいかかる。
茎の三杯酢はいつも食ってるが、花芽の時期はまた格別だ。通常、茎を漬ける時には80度くらいのお湯に通すのだが、今回はまったくの生というのが素晴らしい。シャキっとしてピリッとして新鮮な春の風味がじんわり効いてくる。一般的な味覚の好みからするとちょっぴり砂糖入れた方が良いのかも知れないが、おいら根っからの伊豆っ子なのでこれくらいの辛さはどうってことないのだった。