タイ最北端、ビルマとの国境の町メーサイでの事。おいら歩いて国境の橋を渡り、市場で何も買う物がないので乾しシイタケを購入した。シイタケ屋には「日本からの輸入」と称する高価なドンコ(冬)もあるが、この地でとれる薄っぺらな安物もある。これがべらぼうに安いので10kg買ったら物凄い量になってしまい、ロンジー(腰巻き)まいた店番の坊やが、巨大な抱き枕ほどもあるビニール袋いっぱいのシイタケを担いで、トボトボとおいらの後をついてくるという、実に間抜けな光景になってしまったことがある。国境の橋のたもとにはいちおう税関なんてものがあるんだが、予期せぬことにそこで止められてしまった。「シイタケたくさん買ったんだから税金払え」との事。過去にもこの町では干し海老とかも買っているんだが、税金なんて言われた事はない。実は、そこには色々と深い理由があるのだ。
かつて、そのあたりは麻薬の産地だった。国民党と共産党が戦って、負けた国民党の残党が国境近くに隠れ住んで阿片を栽培していた。なぜ阿片なのか。理由はかんたんで、山の奥深くではそんなもんでも栽培しないとカネにならないからだ。気候が伊豆半島に似ているんでイチゴとか高原野菜も採れるけど、ロバの背中に乗せて下界におろすのに三日もかかっていたんでは商売にならない。だからって麻薬ばかり作られてはたまらないので、国連が乗り出して阿片のかわりになる作物の栽培指導をはじめたのだ。最初は白人がやってきてコーヒー豆を作らせた。これは売れなかったね。ここら辺の人はあまりコーヒーを飲む習慣がないのだ。コーヒーを飲まない人にコーヒーを作らせるのは無理がある。うまく行ったのは、台湾の国民党仲間が教えたウーロン茶作りだ。台湾には凍頂烏龍茶という超高級なお茶があり、製法が秘密なので中国本土では作れない。その秘密を、麻薬栽培が禁止されて困っている国民党の残党にこっそり教えてくれたのだ。国民党残党の中国人は、現地の山岳少数民族を下請けに使ってお茶を作らせている。もっともタイではこんな高級なお茶は売れないので、ほとんどすべてが台湾に運ばれ、台湾産として売られているらしい。
阿片の代替作物はお茶だけではない。実はシイタケもそう。これには日本人が絡んでいる。第二次世界大戦末期、ビルマのインパール作戦で負けた日本軍は、多くの犠牲者を出しながらタイまで敗走してきた。戦死者より栄養失調とか病死者のほうが多いという悲惨な姿の彼らに同情して、タイの人たちは食べ物をめぐんでくれたという。そこで命拾いした元兵隊の爺さんが、戦後、なんとか恩返しをしたいと考え、タイに戻ってシイタケ作りを教えて歩いた。当初はバンコク近郊でやってみたが、気候が暑すぎて失敗、次第に北上していって、ついにこの土地で成功したという。この地でシイタケ作りが盛んなのは、そんな理由もある。
江戸時代にも似たような話があって、兎園小説という江戸時代の書物には松崎の岩地村の斉藤重蔵という人が豊後に行ってシイタケ作りを教えて大金持ちになったという話が出ている。また、駿河におもむいてシイタケ作りを指導した板垣勘四郎という人が、ご禁制で持ち出し禁止だったワサビの苗を、庄屋さんからお礼にとこっそり貰ってきたのが、天城のワサビ作りの元祖だという伝説もある。これはTVの水戸黄門でドラマ化されたので知ってる人も多いと思う。伊豆半島では江戸時代からシイタケとワサビが換金作物として作られてきたが、シイタケは乾して、ワサビはそのまま、中伊豆から山を越えて伊東へと運ばれ、そこから船で江戸まで出荷されていた。ワサビは濡れた紙に包んでおけば一ヶ月くらいもつので、江戸っ子の好きな蕎麦の風味をますために使われたのだ。運送手段が限られた時代ゆえ、山の中で作ってカネに替えられる作物というのは貴重な存在だった。軽くて保存が可能で値段の高い物でなければ、山の暮らしを支える事は出来ない。江戸時代に伊豆の農民が体験していたのと同じ、そうしたドラマが、現代の東南アジア山中で展開されているというのも不思議なものである。
シイタケは生でも食えるが、むしろ乾して中華料理にも使われる。中国が宋といっていた13世紀のむかしから、中国は日本の乾しシイタケを輸入していたというから、日本では考えられないほどの高級品だ。ビルマの山奥で売っていたドンコというのも、高級中華の食材として金持ちの華僑が買って行くのだ。そして今ではシイタケ作りはタイ北部のみならず、ビルマ、中国にも広がって、日本にも輸入されるほど盛大に作られているのは言うまでもない。ただ、中国にはほとんど雑木が生えてないし、タイでも焼畑農業で山が荒れているので伐採禁止。あちらのシイタケはオガクズで作られる。それに気候が暖かいし促成栽培なので、どうしても味は違ったものになる。最近では中国でも金持ちが増えて、ちゃんと雑木で何年もかけて作られた「日本のドンコ」なんてのはお中華なグルメ達のあいだでは文字通り垂涎の的であったりするわけで、九州の産地では中国への「輸出」が増えているという話もある。また修善寺あたりを訪れる台湾観光客がこぞってドンコを土産に購入する、なんて証言もある。日本人が中国から安いシイタケを輸入してせっせと食ってる一方で、中国人が高級ドンコを買い漁るなんていうのも面白い現象だ。
国境で仕入れた安物シイタケを1kgほど、バンコクで行き付けの路上レストランのおばちゃんにプレゼントしたらすごく喜んでくれた。都会では三倍の値が付くのだ。日本ではそのまた数倍だが。タイ料理でも乾しシイタケはスープの出汁とか戻して炒め物とか煮物とか色々に使われる。生シイタケが入手できる産地では、例によって醤油味で炒めたりもする。熱帯のちっこい生シイタケは炒めると味がよく染みてうまいものだ。
で、前フリが長くなったが今回の料理。伊豆は日本でも有数の高級シイタケ産地だ。おいらの愛用しているのは中伊豆の道ばた系売店。ざる一杯の生シイタケが500円とかで売られている。そんなシイタケ産地ならではの生シイタケを使ったバーベキュー。中伊豆のシイタケ祭りとかでオジサンが焼いてるアレだ。炭火に金網のせて醤油をスプレーすると、あたり一面に香ばしい匂いが漂って食欲を刺激してくれる。「生シイタケは醤油ふって焼くのが一番うまい」というアレだが、実はこんなもんにもちょっとした秘訣があったりするらしい。
普通に火で炙って焼くと、生シイタケは30%くらい縮んでしまう。水分が失われるからなのだが、これを防ぐために焼く前に海水ほどの濃さの塩水に浸ける。握ってざっと水を切ってから焼く。とれたてのシイタケはレアでも食えるので焦がさないように。ほぼ焼きあがったらスプレーで醤油を吹きつけるが、これも酒を半分ほど混ぜると風味が良くなるし、醤油が焦げて苦塩っぱくなるのを防ぐことができる。石突(脚の部分)は堅くて食えない。どうせ残すことになるので最初から切り取っておくと楽だ。それに石突20個集めるとドンコひとつと交換…なんてサービスはないが、乾燥させて出汁取るのにも使える。焼きあがったシイタケは熱いうちにハフハフ食おう。マヨネーズ7対味噌3なんていう伝統のソースをつけて食う方法もあるらしい。これもまた味噌の香りがプーンと漂っていい感じではある。